碁打ちは本屋がお好き?

 しきそこ先生の所からネタ取り。
 05/02/03のエントリのコメントにあるとおり2ch棋院関係者には本屋好きが多いような気がします。
 気力向上を目指して棋書を買い漁る、というわけでも無く。そもそも読書が好きだという方も多いようです (例えばyyzzさんとか(´∀`)) 。
 一部の方 (例えばyyzzさんとか(´∀`)) は既に中毒者と言っても良いほどに本屋と本がお好きな様です。
 そしてそう言う長月も割と本屋好きです。少なくとも三日に一度は行きます。月間40件ぐらいは行ってます。おかげさまで25kJPY/月ぐらいは使ってます (yyzzさんには敵いそうにありませんが(´∀`)) 。
 そんな本屋好きの多い、また、本屋好きでなくても割と毎月の様に棋書を買っている人が多い2ch棋院なんですが。果たしてそうやって使われたお金と時間は棋力に結びついているのでしょうか?
 囲碁の勉強として良く挙げられる三つのポイントは、実戦、詰め碁、棋譜並べ、と言われています。実戦は別として、詰め碁と棋譜並べに関しては棋書が絡んでます。なので問題集や棋譜集などは割と優先度が高いとも言えます。しかし、沢山棋書を買っている人はこれらの本よりも棋理や定石を扱った本を沢山買っているのではないでしょうか? 少なくとも長月はそうです。
 ではこれらの本はどの様に棋力に貢献するのでしょうか? それを知るために棋書を大まかに分類して特徴を列挙してみましょう。

 ・問題集:読みの練習になる、形や急所のカタログとして使える
 ・定石書:部分的研究の総決算、序盤展開の部品が手に入る
 ・棋譜集:手本、一種の作品
 ・棋理を扱った本:理屈を学べる

 以上から考察すると、問題集は技術を高めるための物と言えます。また、定石書も技術的な意味が強いと思われます。対して棋譜集は感覚的な部分を鍛える物と言えるでしょう。
 囲碁は数学的な側面を持ちます。部分的に見たとき着手という原因に地という結果が付く訳です。手順は公式と言えます。問題集や定石書はその公式を増やすための物だと言えます。任意の着手という変数と配石という定数をどの公式に当てはめると高得点を得られるか。部分的にはそれを考えるのが囲碁です。なので公式を多く知っているのはアドバンテージになります。
 対して、囲碁には語学的な側面も持ちます。全体的に見たとき、部分の損得で割り切れない部分どうしの依存性や関連性があります。最初から最後まで全てを読めるなら全てが数学的に処理出来るのでしょうが、実際には人間の能力に対して盤面が広すぎるため、ファジーな領域が発生するわけです。そう言った曖昧で文脈への依存度が高い分野は感覚が物を言う世界です。感覚を鍛えるには綺麗なお手本に数多く触れ得る事が一つの上達法です。棋譜集が担うのはそう言った部分でしょう。
 そして棋理を扱った本は理屈を知るための物です。それが何故どの様にそうあるべきであるか。知らなくても技術があれば、感覚が優れていれば問題ありません。しかし棋理はそれらに裏付けを与えます。行為に納得することは自信に繋がります、一種の自己暗示とも言えるでしょう。自信を持って揺るがない事が着手に一貫性を与え、勝ちに繋がります。
 他にも読み物的な本もありますが、そう言った本もモチベーションを高める効果があるので割と棋力に結びつく気がします。
 以上の考察をまとめると、分類毎に目的がはっきりします。

 ・問題集:形を覚える、読みを鍛える
 ・定石書:部分的解法を知る、序盤感覚を鍛える
 ・棋譜集:形を感じる、方向感覚を鍛える
 ・棋理を扱った本:着手に裏付けを与える

 今日も今日とて本屋に足を運ぶあなた、今必要なのはどれですか?

2件のコメント

  1. Σ(゚д゚)なんか詳細に分析されてる。
    本能の赴くままに書いた文章を分析されると非常に恥ずかしい。
    効果は無くとも棋譜並べは左手でやる( ゚д゚)クワッ

  2. 分析って程でもないですよ。
     結局好みは環境が作るのであって脳の特性の影響範囲は思ったよりも少ないとは思いました。脳の特性も環境の一つなので無視できない影響はあるでしょうけども。
     そんなわけで左手棋譜並べで成果が上がったらまたblogででもネタ出ししてください。また便乗します(´゚c_゚`)

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